2018年11月23日(金)、博覧会国際事務局(BIE)の総会で、2025年の国際博覧会(万博)が大阪で開催されることが決定しました。
実のところ、フランスは、2025年の万博誘致に立候補し、最有力候補となっていました。
しかし2018年2月7日に、BIEはフランス政府が正式に立候補を辞退したことを発表しました。
これはフィリップ首相がBIEに対して2月4日付の書簡で立候補辞退を正式に伝えたことによります。
その理由は「〔万博誘致〕計画の経済モデルは、フランスの納税者の財政的リスクを回避するために必要な保証を提示していない(“the economic model proposed in the project does not offer the necessary guarantees to rule out any financial risk for the French taxpayer.”)」というものでした。
もちろん、その背景として、2024年パリ・オリンピックの開催が決定したことも重要な要因でしょう。
すなわちフランスは、2024年パリ・オリンピックは開催する一方で、パリ万博の開催は自ら取り下げたことになります。
一方、日本は、2020年東京オリンピックの開催、2025年の大阪万博の開催へと進むことが決定しました。
これは1964年東京オリンピックと1970年大阪万博の開催を想起させます。
この二国の決断は、それぞれ「万博」に対する考えあるいは背景が、明らかな対照をなしているともいえます。
万博とは何か、その歴史を含めて、現在あらためて考える時期が来ているようです。
2025年に向けた「万博インタビュー」が、2018年11月15日付の産経新聞に掲載されました。